ロンドン市長による2022イースター晩餐会にて,外務大臣としての Mansion speech (4/27/2022) の原稿を掲載した記事を読むにあたって,全訳してしまったので,せっかくなのでここに公開する.
概要:ウクライナ危機をきっかけに,侵略者に対する自由世界の重要な対抗手段として地政学を提唱する.
以下,全訳
一部の人によれば,今日は権威主義の時代になるだろうと言われていました.3年前,Vladimir Putinは西欧自由主義は死んだと述べ,昨年習近平主席は西欧は衰退の途にあると述べました.
2022年4月,事態は全く変わっております.ここ数か月で,人間精神と自由社会には深い回復力があることが明らかになりました.
もはや歴史上のこととなることを誰もが願ったような,身の毛がよだつような蛮行と戦争犯罪に直面して,自由世界は自由と自決のために勇敢に戦うウクライナの側に立って団結しています.
この新たな安全保障上の態度は,抑圧,強制,侵略によって勝利を得ることが出来ると考える者たちは間違っていると証明しました.その上この「態度」は,侵略を思いとどまらせるに足るだけでなく,侵略が失敗することを確実にする力もあります.
もちろん我々は気を抜いてはいけません.まだウクライナの運命は宙ぶらりんの状態です.しかし,この点については明らかでしょう.もしPutinが勝利すれば,いまだ語られたことのない悲惨な事態にヨーロッパが見舞われ,地球全体も深刻な事態に見舞われるでしょう.そうなれば,我々は二度と安心を感じることが出来ないでしょう.
だから,我々はこれからの道のりが長いことを心得ておかねばなりません.まず我々はウクライナの支援を倍増させる必要があります.次に,この危機の下,現在の連帯を最後まで遂げる必要があります.最後に,我々は自身のアプローチを再起動し,作り直し,再び見つめなおす必要があります.
私はそれにあたっては,我々自由国家は断固たる態度で,優位を守り続けるような世界を構想しています.自由と民主主義が,経済安全保障の協力のネットワークを通じて相互に強化される世界です.侵略者が包囲され,よりよい選択を執らざるを得ないような世界です.
この世界が,長い道のりの先にある賞,平和と繁栄ある安全という賞です.
まず,次の点を認めましょう.平和と繁栄を守るように設計された従来の安全保障の構造は,ウクライナで失敗の目を見ました.第二次世界大戦と冷戦を経て構築された経済安全保障の枠組みはもはやもともとの形態を保っておらず,侵略を抑止するどころか,可能にしてしまった.
ロシアは国連安保理の如何なる制裁の影響も相殺することが出来てしまっており,Putinに与えられた「拒否権」の仕組みが侵略への青信号となってしまっている.PutinはNATO-Russia基本議定書(NATO-Russia Founding Act)や欧州通常戦力条約(Treaty on Conventional Armed Forces in Europe)から離反し,軍備管理に関する複数の措置に違反している.G20はロシアが参加している限りにおいて,経済主体として効果的に機能しなくなってしまっている.
ソ連は国連で拒否権を行使するのが常であったが,多くの悪事を働いたにも拘わらず,国際社会の舞台ではいくらか理性を持って行動していた.例えば弾道弾迎撃ミサイル制限条約(Anti-Ballistic Missile Treaty)においてなど,戦略的安定性が脅かされかねない場面では,取り決めに忠実であった.例えばキューバ危機においてなど,正面から対峙された際には温和に対応した.そして自身の国際評価もしっかりと意識していた.
これらの事項はいずれもPutinには当てはまらない.我々が対面しているのは,国際規範に一切の関心のない,自暴自棄な無法者なのである.それも,国際社会がこれまでにないほどロシアに対してオープンになっていた時期において,である.
冷戦期に西側諸国は互いの繁栄を助け合い,ソ連への輸出入,投資と技術交流を制限した.1990年代にはこれらの制裁は除かれたが,経済的な開放性と民主主義を促進するという点で当初の目的は満たされた.我々は必要な飴と無知を与える代わりに,この進歩を当然のものとして油断していたのです.
そしてPutinのような指導者は支配力の低下を恐れて,自身が変わる機会を自らはねのけるのです.代わりに,石油とガスから得た資金で軍事力を強化し,海外での影響力を強化させます.つまり,経済の一体化が政治的な変化をもたらすというWandel durch handelの手法は通じなかったということです.
ということで,我々は新たな手段を,軍事的な意味での安全保障(hard security)と経済安全保障を統合した手法を必要としています.
英国はいつの時代も侵略に立ち向かってきました.我々はいつの時代もリスクをとってきました.すなわち,我々は勇敢になり,安全保障と外交上の強味と,経済的影響力と道を切り開く決意と能力とを活かす準備が出来ています.
我々はすでにウクライナにおいて敢然と立ちあがりました.ウクライナでの戦争は,我々の戦争でもあり,ウクライナの勝利は我々の全員にとって戦略上絶対不可欠な事項であるため,我々みんなの戦争でもあります.重火器,戦車,戦闘機,我々の持てる手札のすべてを顧みて,必要なものは随時用意すること.そのすべてを実行に移す必要があります.
我々の制裁によって,ロシアはすでに100年ぶりの対外債務不履行に直面している.この調子です.Putinがこの最悪な戦争に充てる資金を与えてはいけません.つまり,石油とガスの輸入を今後一切やめる必要があります.
同時に,我々はウクライナ人民を支援する必要があります.例えば避難民の救助,食料・医療品・生活必需品の配給,経済的支援などです.
そして,Putin政権が今まで犯してきた戦争犯罪の責任を追及していく必要があります.
最後に,ウクライナでの銃声がようやく止んだとき,首都Kyivが安全を維持し,さらなる攻撃を抑止しながら再建をするのに必要な資源を届けることも必要です.これが,我々がPolandと共同でウクライナにNATO基準の武器を提供している理由です.これが,我々が英国と欧州連合,そしてその他の連合と共同し,新たなMarshall planに取り組んでいる理由です.
ウクライナは,都市の再建,国内産業の再生と,そして今後長きにわたる自由に向けて,国際社会から助力を得られるべきです.
我々はこの取り組みをより一層強化していきます.ロシアをウクライナから追い出すために,さらなる措置をとっていきます.
そして我々のこの取り組みを契機として,さらなる措置に踏み出す必要があります.ウクライナの先に見え隠れするさらなる脅威に対抗する必要もあります.
我々の新たな取り組みは,3つの分野を基礎とします.軍事力,経済安全保障,そしてより深い国際連帯です.
軍事力について
まず第一に,我々は集団的自衛力を増強する必要があります.Zelenskyの言葉では
Freedom must be better armed than tyranny.
といいます.MadridでのNATOサミットに先んじて,さらに視座を上げる必要があります.我々は前からNATOはもっと柔軟で,敏捷で,統合のとれた組織であるべきだと論じていました.Eastern Flank(NATOの東側国境に当たる地域のこと)もより強化する,すなわち,Polandのような危機的な状況を支援する必要があります.だから,我々はさらに部隊を派遣し,防衛協力を深化させています.
また,我々はウクライナからいくつか教訓を学ぶ必要があります.
英国は開戦の遥か前からウクライナに武器を提供し,軍事訓練を提供していました.ほかの国ももっと侵略を抑止する策を講じるべきでした.二度と同様の失敗は繰り返してはいけません.
重火器を提供しなかったならば状況はもう少し良かったのではないかという人もいますが,私の意見では何も支援をしないことが一番自体を悪化させます.いまは勇気が必要な時節であり,注意が必要な時節なのではないのです.
またウクライナだけでなく,バルカンの国々やMoldova, Georgiaといった国も,対抗力と,主権と自由を維持するための力を支える必要があります.
NATOの門戸開放政策は金科玉条侵すべからざるものである.FinlandとSwedenがこれを機に参加の意を表明した場合はいち早く受け入れるべきです.
また,従来の国防方策を強化することと現代にあった手法との間で,選択を間違えてはなりません.領土,領空,領海に加えて,空間とサイバー空間の双方で攻撃に備えねばなりません.
またヨーロッパ大西洋安全保障圏とインド太平洋圏の間で取捨選択に迷ってはなりません.現代においては双方とも確保する以外の途はありません.
NATOだけでなく,地球規模のNATOが必要です.NATOの範囲を広げよという意味ではありません.NATOは地球規模の視座を持ち,地球全体の脅威に対抗する必要があるといいたいのです.
インド太平洋における脅威を回避するために,我々は日本やAustraliaと連帯し,太平洋の安全を確保する必要があります.台湾の民主制が守られる必要があります.
上述したことを履行するには相応の資源が必要ですが,それは数世代に渡る投資の軽視を是正しているにすぎません.
これが,英国が冷戦以来軍備を拡張している理由であり,Integrated ReviewでNATOと同様な警戒の目を以てロシアをもっとも大きな脅威と捉えている理由です.
諸外国も我々と一緒に立ち上がりつつありますが,まだまだ足りません.国防費2%というのは最低限の数値であるべきです.軍事的な意味での安全保障は替えが利きません.
経済安全保障について
第二に,経済が安全保障において重要な役割を担いつつある現実を認識する必要があります.
英国では経済的な手段のすべてを,断固とした態度で採用しています,貿易,制裁,投資,開発政策(発展途上国への支援をより増強すること)などです.
安価なガスと盗賊政治(kleptocracies, 社会主義用語)体制からお金を吸い上げることで得た経済成長なんて,砂上の城郭です.生産性とイノベーションに下支えされた持続可能な真の成長と同じではありません.
自由貿易と自由市場とは人間の進歩の最も強力な動力源であり,英国は常に経済的な自由を支持します.
しかし自由貿易といっても公平に,すなわち,一定の規則に基づいて行われる必要があります.長い間,多くの人は経済の地政学的な力についてあまりにも無知蒙昧でした.一方で侵略者はこれを対外政策の手段として利用してしまいます.恵国待遇と投資,負債を,強制と管理のための手段に転じます.その一途において彼らは手段を選びません.我々は彼らのやり方をまねるのではなく,我々のやり方で対抗しましょう.
今一度はっきりと確認しましょう.国際経済にアクセスするには,ルールの中で動く他ありません.抜け途はあってはなりません.そのことを,今回のロシア対ウクライナで見せつける必要があります.ロシアのやり口は,もう通用しない,と.
英国はあらゆる経済的な手法で対抗していきます.
我々はすでにロシア製品に対する関税を引き上げました.WTO協定から排斥しました.港へ着騎士禁止とし,航空機も着陸禁止にしました.個人と組織を問わず経済政策を前代未聞なほどに強化し,ロシアの銀行,独裁者,軍事会社,中央銀行預金準備,石油・ガス供給に打撃を与えました.
Putinの戦争資金を断ち切っています.新たな対外投資を禁止し,投資家ビザも終了とすることでロシアとの投資関係を打ち切りました.同時にウクライナからの輸入関税を撤廃しました.融資保証と財政支援と投資によってウクライナ経済を支えています.
英国は,経済的なアクセスというのは所与のものではなくて,獲得しなければならないものであることを体現しています.
国家は規則に従う必要があります,これは中国も例外ではありません.
中国はロシアの侵略と戦争犯罪について非難の言表をしていません.ロシアの対中輸出は今年の第一四半期で 増加した.彼らはLithuaniaを強制しようとしている.彼らは誰がNATOの構成員であるべきで誰がそうでないべきかコメントしている.そしてヨーロッパの戦略的関心領域の奥深くまで力を届かせられるように軍備を急速に拡大させている.
しかし,中国も無敵ではない.中国の台頭を必然のものと語ることで,我々は中国の手中に落ちることになる.実際,その興隆には理由がある.ルールに従わなければ,中国は対等し続けることが出来ないだろう.
中国はG7との貿易が必要である.我々で世界経済の半分を占める.そして我々には選択肢がある.我々はロシアに,国際規則を違反した国家に対して執りえる措置を見せてきた.我々には目先の経済的な利益よりも主権の尊重と国家の安全を優先する決意があることを示してきた.行動を起こさないことによるリスクの方が高いことを知っているためである.
事実,ほとんどの国家は主権を尊重している.そうでない国家はほんの数か国の無法者のみである.だから我々は連帯を形成する.
そして同様の断固とした対応は我々の敵対国に足枷を与え,繁栄と国家の安全を促進することが出来る.だから我々は新たな貿易関係を構築している.インドやインドネシアと自由貿易協定を結び,CPTPPに参加している.
我々は科学技術についての知識を共有し,世界の各地で新たな協力関係を構築しつつある.そして開発援助についてよりよい援助をする.例えば,低収入国家へ悪意のある条項を付さずに投資を行うなどである.
敢然と団結することで,協業と貿易の輪を広げることで,侵略者の影響力を低下させ,我々の戦略的な依存度を下げることが出来る.
互いに協力し合うことで,高騰する食糧とエネルギーの物価の嵐を切り抜けることが出来る.世界銀行は先週,定収入国家がこれらの問題に対処するために1700億ドルの予算を確保した.
そして我々は一歩先に,他のあり得る分野にて戦略的依存度を下げることを試みている.希少鉱物であろうが,レアアース鉱物であろうが,力を合せて将来の問題に前もって対処していく.
これが,我々が経済安全保障を強化するための方法です.
国際連帯について
この点が,最後の3点目につながります.繁栄と安全は強固な協力関係の上に構築されねばなりません.
これを私は自由の紐帯(Network of Liberty)と呼びます.
その基本原理は,どんな問題が生じようと,自国のみをみてautarkyを目指そうとするべきではないということです.蘭国がopen autonomyというように,我々は互いに手を差し伸べて,新たな協力関係を歓迎する必要があります.
悪意のある国家が多国籍機関を侵略しようとする世界では,二国間グループや複数国間のグループがより大きな役割を果たすことを知っているように,NATOやG7やイギリス連邦(the Commonwealth)が肝要になります.
我々はNATOの同盟関係を,英国主導の共同遠征軍,5か国情報共有協定(5 Eyes),そしてアメリカとオーストラリアのAUKUSパートナーシップなどの紐帯を強めることで強化するべきです.また,日本,インド,インドネシアとの協力関係を深めていきたいと考えます.
そしてG7で築いている強い核の上にさらに積み上げていくべきです.昨年の英国の議長国期間中,私はオーストラリア,韓国,インド,南アフリカ,ASEANなどの友好国を招くことが出来て大変うれしく思います.
G7は集団的に経済発展を防衛するという意味で経済版NATOの役割を果たすべきです.パートナーの経済が侵略者の標的となったとき,我々は支援に出る必要があります.一人はみんなのために,みんなは一人のために.
国際連合でロシアの行いを糾弾する議決をした全大陸の141か国に伝えます.みなさんの声が聞きたい.みなさんのロシアの違法な戦争に対する憤慨に共感します.主権を,公平な国際取引を,法による支配を信じる心に共感します.
ですから,協力しましょう.より絆を深めましょう.一緒に,よりよい貿易国に,よりよい投資家に,そして侵略者に対抗するよりよい盟友を目指しましょう.
英国は今までと違った手段に出ること,新たな考え方をすること,あなた方と新たな関係を築く準備をしています.
集団的な行動に出ることには莫大な強味があります.一点はっきりと言っておきたいのは,英国が参加していない同盟についてもまったく同様のことが言えます.我々はインド太平洋の4か国同盟を支持します.我々は外向的なEUを支持し,ウクライナについて実際に緊密に協力しています.我々はASEAN,アフリカ連合,米国-メキシコ-カナダ貿易協定を支持します.我々は身分階層制度,排他的なグループ,影響圏といった古い考えに反対します.
英国は,世界に主権と自決のために立ち共栄関係をもたらす相互協力関係が広がっていくのを見たい.英国はそのネットワークにおいて,積極的で敏捷な役割を果たすつもりです.
結語
紳士淑女の皆様.地政学は戻ってきました.
冷戦後,我々はみな平和と安定と繁栄が世界中に広がっていくことを疑わなかった.我々は歴史から学び,進歩の歩みは今後も着実に続いていくと考えていた.
それは間違っていたのです.ですが,これは絶望的な忠告ではありません.
侵略の危機に際して,我々は対抗する力を持ちます.いま,それをせねばならぬ時です.断固たる態度をとる必要があります.侵略者はウクライナで起きたことを見ていますから,正しいメッセージを与えられるように対応する必要があります.
共に手を取り合えば,我々には限りない力があります.より良い,より安全な,より強い世界経済を作るために,その力を共に使いましょう.それにはここにいる全員の,そしてさらなる人々の力が必要です.きっと困難な道のりではあるでしょう.しかし我々は立ち上がり,責任を持たねばなりません.
侵略者も勇敢になる準備はできているでしょう,しかし我々の方が勇敢です.これが我々がウクライナの主権を守り通すやり方です.これが我々の侵略と強圧を撃退するやり方です.これが我々の,新たな時代の平和と安全と繁栄を勝ち取るための,方法です!
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