天文学の問題意識を大事にしたい

読書録

天文学では,物理学の中でも,観測量の誤差に対する解析が喫緊の課題だったのであろう.思えば,筆者の物理学実験に関する唯一の経験である,前期教養学部での物理学実験でも,誤差論に関する手ほどきがあった.

その叙述の仕方は,背後にある数学理論に一切の言及をせず,誤差の取り扱いの仕方にみをマニュアル的に書いたものであった.当時の筆者には,特に後述の「誤差の伝播則」が極めて不思議であった.その正当性は当然であるが,その前段階として「誤差は真値の周りの正規分布に従う」という仮定が極めて危ういものに思えたので,自体をさらに複雑にし,筆者にとってはなかなか近寄りがたいものとなっていった.

しかしその後筆者は数学科に進学し,最後の1年は確率論を専攻して,いまでは博士(統計科学)候補としての途を歩んでいる.そして,その中心たる研究課題として,漸近展開を選ぼうとしている.漸近展開は,天文学の問題意識が産んだ分野であり,その手法に対する,Cramerの数学者としてのサーベイ論文は極めて見事なもので,筆者はその28ページから垣間見える圧倒的な知性にひれ伏す気持ちであった.

僕はこの物理学の問題意識を大事にしたいと考える.観測値を確率変数とみなすのは極めて自然で,他の(より測定しにくい)物理量が大抵その関数として得られることも自然である.

一方で,「測定」ということが出来ない場合がある.例えば社会科学のいくつかの分野では「標本調査」をする.そして国家や経済などの共同幻想にいくつかの物理量とは決して言えぬ「特性値」を設定し,これで国家・経済をわかった気になり,少しでも安心したい思う.

その中で回帰分析の営みが発展し,「潜在変数」とは「構成概念」である,とする構造方程式模型が発展した.

物理学者Feynmanが「社会科学も情報科学も,科学ではない.実験による検証を経ない知識を,科学と呼べない」という旨の主義をもっていたことは一つ有名な話であるが,これら「新たな科学」は,数学を,確率統計学を軸とした,物理学の回転であるべきである.

僕はその途を見守る,「新たな科学」たちの父のような統計学者でありたい.

誤差論と教育

前述したように,物理学実験を履修していた当時大学一年生であった筆者は,自分なりに種々の文献を調べ,「誤差論」という数学理論があり,特にGaussが太古にこれについての書を出版しているのを知った.

しかし昨今の文献で「誤差論」を表題にあげたものはなく,遂に当時の筆者は決定的な文献に辿り着けず,数学科の必修科目に並ぶ現代数学の基礎たちに向き合うので手一杯であった.

いま,振り返れば,誤差論は確率統計学に吸収され,その思い思いの発展が,経済学や数理統計学など,種々の統計科学分野で見られる.

例えば,1941年の文献 [1] 確率論 は,Kolmogorov流の測度論を用いた確率論の公理には拠らず,前文にて言及することに留めている,統数研第5代所長も務めた 末綱恕一 (すえつなじょいち) の講義録から派生した岩波全書シリーズの一冊である.ここでは基礎や組合せ論的な話題と特性関数などの解析的手法を抑え,大数の法則を解説したあと,書籍の1/3のあたりでHermite多項式の性質を叙述した第5章に入り,以降は誤差論の歴史,誤差論,最小二乗法,統計系列,度数曲線,相関係数と続く.僕なら書名は絶対「確率統計学」にしただろう.内容の運びから判るように,理論的な基礎(特にHermite多項式の章は筆者にとって極めて貴重であった)から応用までスムーズに接続された教科書であり,日本の確率統計学の先駆として評価されている

そこで引用されている文献は,CharlierやCramerなどの漸近理論家である.実際,誤差論は完全に漸近理論に包含されることになる.

それで現状,誤差論に関するこのような純理論な扱いを一気通貫する書籍が乏しいのである.誤差論の全貌と目せる漸近理論は,測度論から始まり高度な準備を必要とし,もはや話題は誤差論どころではない.一方で,実際的に誤差論に言及している書籍では,後述の [2] 基礎物理学実験 2019 秋―2020 春 のように,理論の扱いはきっぱり扱わないことにしている.

このような両端の書籍が多く,筆者はその全貌が掴めずに戸惑ったのであった.

今から思い返せば素敵な思い出で,今上述したような全貌を見渡せば素敵な景色である.漸近理論が好きだ.

定理 ([1] 第六節 定理2).観測量 z_1,\cdots,z_n の線型和

    \[z:=\alpha_1z_1+\alpha_2z_2+\cdots+\alpha_nz_n.\]

について,各 z_1,\cdots,z_n が真値 \alpha_1,\cdots,\alpha_n の周りで標準偏差 \sigma_1,\cdots,\sigma_n の正規分布をしているならば, z も正規分布に従い,その平均と分散 \alpha,\sigma は次のように与えられる:

    \[\alpha=a_1\alpha_1+a_2\alpha_2+\cdots+a_n\alpha_n,\]

    \[\sigma^2=a_1^2\sigma_1^2+a_2^2\sigma_2^2+\cdots+a_n^2\sigma_n^2.\]

これは,例えば2mの棒を1mずつに分けて別々に測定する場合,1mの場合の標準偏差を \sigma とすれば,2mの場合の測定値の標準偏差は \sqrt{2}\sigma となる.1mのときの「 \sqrt{2} 倍」よりは正確に2mの場合も測定できる,という自信がある場合は,このような手段は取らず,直接2mの棒の測定をしたほうが良い,ということになる.

これは [2] 基礎物理学実験 2019 秋―2020 春 の序章「測定量の使い方」6.5節に,次のような不確かさの伝播則 (Law of Propagation of Uncertainty) として,一般化された形で書いてある.

N 個の物理量 X,Y,Z,\cdots の関数として求められる物理量

    \[W=f(X,Y,Z,\cdots)\]

の測定値の平均値の実験標準偏差 \Delta\overline{x} を用いて,

    \[\Delta\overline{w}=\sqrt{\left(\frac{\partial f}{\partial x}\right)^2(\Delta\overline{x})^2+\left(\frac{\partial f}{\partial y}\right)^2(\Delta\overline{y})^2+\cdots}\]

で与えられる.

これを正当化するのは確率統計学でいうDelta法であろう.

参考文献

[1] 末綱如一 (1941, 7月) 『確率論』岩波書店,岩波全書103.

[2] 東京大学教養学部 基礎物理学実験テキスト編集委員会 東京大学教養学部附属教養教育高度化機構 (2019, 9月) 『基礎物理学実験 2019 秋―2020 春』学術図書出版社,第5版.

あの

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数学科出身の統計家志望.

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りん

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