キクイムシ,コトバクイザル.

数学の認識論

キクイムシという名前のいかにも不思議そうな虫の生態をまずは紹介する.名前を見ると木を食べそうな生物だが,実は主な栄養源は菌体である.木の方も食べるのだが,消化できないのである!
一体なぜそんな生き方をしているのか,その生態の真実を知ると,クマノミとイソギンチャク,人間とことばとの関係にも似ていると気付くだろう.このことを示唆する,数学者・森敦の言葉を紹介して終わる.

キクイムシとはどんなムシか?

キクイムシ(木食い虫)とは,写真は苦手じゃない人はリンクに飛んで見て欲しいのだが,名前の通り木を食べて栄養源とする,カブトムシ(特にゾウムシ)の仲間である(カブトムシ亜目).

幼虫・成虫とも、すべての種類が植物食で、食物とする部位はほとんどのものが木材で、一部のものがドングリなど樹木の種子に穿孔する。通常は衰弱した樹木に穿孔する種が多いが、そういう種でも大発生すると健康な樹木を激しく食害することが知られており、森林害虫として重要視されている種も多い。

ja.wikipedia.org/wiki/キクイムシ

しかし,実はキクイムシ(や,同じ様に木材を主食とする昆虫たちの殆ど)はセルロース分解酵素を持っていない,つまり自分たちの消化管で木の成分を消化しているわけではないのである.

これらの昆虫は,一見,木材そのものを摂食し消化しているような観を呈するが,セルロース分解酵素を持っている種類は意外に少ない.彼らの大部分は,消化管内に微生物を共棲させてセルロースを発酵させ,その分解産物を利用し,あるいは微生物の死骸をも消化利用しているのが普通である.

中島敏夫「キクイムシ類とカビの共棲」(化学と生物第5巻6号,1962)

実はこれは不思議なことではなく,我々人間が(木材をボリボリ食べる人は居ないだろうが)野菜を食べる時も同じことをしている.僕らが消化出来ない成分は食物繊維(結局大半はセルロースのこと)と呼ばれて,食物繊維をたくさん摂取することで腸内細菌叢(さいきんそう)のバランスを整えて種類を豊かにすることは,非常に健康に良いことが知られるようになってきた.眼に見えないだけで,僕らだって沢山の細菌たちと共生しているのである.

キクイムシの中でも,Ambrosia beetlesは生き方が違う?

さて,我々と共生している腸内細菌たちを,「菌類のお花畑」に喩えて腸内フローラ(gut flora)とも呼ぶが,この「お花畑」は必ずしも宿主の体内(この場合は腸内)に在る必要はないだろう.イソギンチャクのお花畑に共生するクマノミだってそうだ.

だが,キクイムシとカビの関係はもっと特殊なのである.

先ほど紹介した方法で植物を食べるのはキクイムシを2つに大別したときの一方の,Bark beetleと呼ばれる種で,本当に不思議なのはキクイムシのうちのもう一方,Ambrosia beetleの樹木食生活と,Ambrosia fungiと呼ばれる真菌類との共生の在り方である(1).Ambrosia beetleはAmbrosia fungiと呼ばれる,この世の他の場所では発見されたことのないオーダーメイドの菌類(正確には真菌類)を樹木に空けた穴に植え付け,その菌が樹木を侵食し,最終的に繁殖した菌をAmbrosia beetleが食べる(従って,Ambrosia beetleは直接樹木を食べているわけではない,菌体を食べている).

知られている限りでは約300種のキクイムシがこの共生関係をそれぞれ独自のAmbrosia fungiたちと営んでおり,同じ生存戦略(ニッチ)を取っているという意味では互いに仲間(敵?)同士だが,300種の進化的な起源は必ずしも同じでないという.これは収斂進化(convergent evolution)の例である.

つまり,必ずしも近しい祖先を持つわけではない種同士が,たまたま「樹木は消化しにくいから,まず菌に樹木を食わせて,自分はそうやって肥えた菌を食べれば良いや」という戦略を発明してそれに辿り着くとは,全くいかなる偶然だろうか!

このAmbrosia beetleの生態に関連して,数学者の森毅は次のような言葉を残している.

言葉は人と人の隙間に生えたカビだ

これについて,次のように説明している.

この話を聞いて,言葉も同じものではないかと考えました.文科系の人などは言葉を通じてものを考え,言葉を通じて人と人との絆を作るといいますが,それにちょっと逆らいまして,人と人との間は絆より隙間,隙間があるから言葉のカビが生える.そのカビを食うから,自己が生まれる.だから言葉というものは,普遍性みたいなものがあるのではないか.そんなイメージを持ったのです.

養老孟司,森毅著『寄り道して考える』(PHP文庫,2014,pp. 83)
キクイムシとAmbrosia菌との関係は,人間と言葉の関係のよう?

参考や注

https://en.wikipedia.org/wiki/Ambrosia_beetle

中島敏夫「キクイムシ類とカビの共棲」(化学と生物第5巻6号,1962)

上田明良,水野孝彦,梶村恒「キクイムシの生態:食性と繁殖様式に関する研究の現状と展望」(日林誌,91: 469-478,2009)

1.なお,アンブロシアー(Ambrosia)とは,古代ギリシャ語で「不死」という意味があり,ギリシャ神話の文脈で神々の食べ物を指す.なお神々の飲み物としてはネクタール(“nek-“「死」+”-tar”「打ち勝つ」)がギリシャ神話に登場する.その食文化の異色さから付けられたのであろうか.なお,Ambrosiaという単語はブタクサ属の学名としての付けられていて,少し紛らわしい.
なおbarkとは樹皮を意味する英単語である.戻る

あの

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